テンペラ工房 制作日誌

テンペラ工房 制作日誌

メビウスの帯

 

これが『強さ』だと、ずっと信じ続けていたことは実は『弱さ』で、
逆に『弱さ』だと決めつけていたことの中から、何かが生まれることがあります。
 
作品を制作する上でどうしても、
人を惹きつけるような強さ、説得力のようなものを
意識しながら作ることが多いのですが、
それが返って、作品を弱くしているように、感じることがあります。
 
漠然とした感覚ですが。
 
『弱い』と思って切り捨てていたようなことの中から、
膨らんでいくことが、あります。

下を向いて、

 

『上へ、上へ』『外へ、外へ』と伸びる草木を
追ってきた、この半年間。
 
気付けば、気持ちを盛り上げること、
上を見ることがすっかりくせになっていましたが、
ふと足元を見れば、たくさんの栗、クルミ、落ち葉、、。
 
草木の勢いが止まったこの季節、
無理に上を見なくても、
下にはまた、豊かな世界が広がっているのだと気付かされます。
 

整理と準備

 

展示が終わって、
少し制作に距離を置いています。
 
さらに制作にぐっとのめり込むのも一つですが、
展示のごたごたで散かったところを片付けながら、
社会のこと、生活のこと、今自分の身の回りで起きていることを、
一つ一つ確認する、ニュートラルな時間を
持つようにしています。
 
そんな中で、絵のことだけじゃなく、色んな意味で、
漠然とした『次へ』、のようなものが
確認できればと思っています。

小荒間の木

 

東京から戻ってきてみると、
地元・小荒間の木の自由奔放で伸び伸びとした姿に、
心が緩みます。
 
工房の前の木は、手入れも最小限にしかせず
どれも皆ほとんど野放しの状態。
 
斜めに伸びた木もあれば、
上の方で突然ぴゅっと枝が飛び出している木もあり、
バランスは悪いかもしれませんが、
呼吸している感じが伝わってきます。
 
太った木もあれば、ひょろ長く伸びた木もあり、
そのまちまちなところに、ほっとします。
 
作られていない自然に、やっとまた会えたという感じです。

東京の木

 

昨日は、買い出しに東京へ行ってきました。
 
うだるような暑さの中、灰色のコンクリで固められた街を歩いていると、
まばらに点在する公園や歩道脇の木のみどりは、
都会のオアシスのように目に映ります。
 
『ああ、あの中に行きたい!』
 
公園なんかあると、ちょっと道を外れていても
迷わずその中を通りました。
 
けれど、遠くからは涼しげな癒しのように見える木ですらも、
近づいてみると『じとっ』としていて暑そうです。
 
そこには八ヶ岳の木のような、
自由奔放なしなやかさやみずみずしさは無くて、
代わりに、太くどっしりとした存在感のようなものがありました。
 
木は何もしゃべりませんが、その沈黙の中、
様々なことを物語っているような気がしました。

なすの葉の上のてんとう虫

 

おととい、画材の買い出しに東京に行ってきました。
 
日帰りでしたが、たった半日でも、その独特な空気を浴び、
憑りつかれるように、悶々とした気持ちになっていました。
 
日々大事にしていた小さいものたちが、
一気にどこかに行ってしまったかのような。
 
押し寄せる情報、もやもやとした思考の波。
 
けれどさっき、ドキッとする出来事がありました。
なすの葉についた、鮮やかなてんとう虫を見つけたのです。
 
ああ、どこから来るんだろう。
このきれいさ。
 
なすの上のてんとう虫
 
確かに目に見えているものだけど、
思考に憑りつかれていたら、見過ごしていたかもしれません。
 
頭の雲が晴れ、やっと軸を取り戻した今日でした。

展示のための散策3

 

流れの上の方に向かって、さらに歩きます。
 
湧水の流れ03
 
ようやく、三分一の名の由来である、
流れを三つにわけている分岐点に来ました。
 
三分一の分岐点
 
そのさらに上流に、源泉があります。
源泉を見ておきたいというのが、今回の一番の目的です。
 
三分一の源泉
 
たどり着きました。
 
ひっそりと、そしてひんやりとした、
独特の空気を感じます。
 
三分一の源泉2
 
水と、草とが、高い透明度で
一体となっている感じ。
 
三分一の水
 
湧き出るきれいな水と、
そこに絡まるように息づく草との、
透明なハーモニー。
 
源泉の草
 
この木の根も、源泉のきれいな水を吸い上げて
生きているんだろうなと、思いました。
 
源泉のそばの木の根
 
三分一湧水は、地元の、かなり近所のスポットですが、
展示のテーマという視点で見てみると、
改めて気づくことがたくさんありました。
 
このみずみずしい透明度に触れたときの、
洗われるような、浅くて、同時に奥深い感覚。
 
しっかり記憶にとどめて、制作に向かいます。

展示のための散策2

 

先ほどに続き、三分一湧水の散策です。
 
源泉に向かって、歩いているところです。
 
視線を上げると、サラサラとした木々。
 
三分一の木々
 
足元には、みずみずしい草たち。
 
三分一の草
 
しっとりとした、青みがかったみどり色。
深い色なのに、重さを感じないのが不思議です。
 
三分一のアカツメクサ
 
澄んだ水を吸って茂る、
サラサラと澄んだ草たち。
 
新緑の若葉も、透き通った明るいきみどり色を放っていて
ピュアな感じがしますが、
それとは全く違った、独特の透明感。
 
三分一の草3
 
この流れの上の方まで、もう少し上がっていきます。
 
湧水の流れ2
 
散策3に続きます。

展示のための散策1

 

今度の秋に、地元、甲斐小泉のギャラリー『亜絲花』で、
個展をすることになりました!
 
9月3日(水)~9月15日(月)までの2週間です。
 
テーマ、日時、場所など、
詳しくはまた別途ご案内いたします。
 
久々の個展なので、気合いが入ります。
 
今朝は、テーマを固めるために散策に行きました。
やはり地元の、三分一湧水です。
 
甲斐小泉という、山の湧き水に恵まれた土地での制作と展示なので、
それを活かした内容にしたい、という思いでの、散策です。
 
改めて、入り口の案内図から。
 
三分一湧水の案内図
 
歴史、水量、水温など、書いてある内容も興味深いのですが、
このマークにも、なぜだか惹かれました。
 
三分一湧水のマーク
 
木の遊歩道に足を踏み入れたとたん、
ひんやりと、そしてひっそりとした空気を感じます。
 
遊歩道
 
深く、澄んだみどりの世界。
 
青々としたもみじ。
 
青いもみじ
 
地面から、らせんを描くようにして出てくる、
巨大な葉。
 
座禅草
 
座禅草の葉です。
 
湧水の流れ。
 
湧水の流れ
 
澄みきった、つめたい水。
上の方に、この根源があります。
 
さらに歩いていくのですが、
長くなるので、ここで一区切りにします。
 
散策2に、続きます。

とにかく、作る

 

主人の田舎に帰るといつも、圧倒されます。
 
『たくましい生命力』がまず最初にあって、
もがき格闘しながら生活する毎日がそこにはあります。
 
今回は、お義母さんが目的も決めないまま
1メートル x 2メートルぐらいに編んだ編み物を見せてもらって、
ちょっと衝撃を受けました。
 
わたしなんかの感覚では普通、何かを作るときには
 
1.作りたいものを決める
2.やり方を決める
3.色や形を吟味する
4.材料をそろえる
5.作り始める
 
となりますが、そんな理屈はないのです。
思い立ったから、とにかくそこを起点に作るのです。
材料も、着古したセーターをほぐしたりして、
とにかく作るのです。
 
『まだ、何にするのか決めてないの』とくったくなく笑いながら
編みかけたものをを見せる姿に、すごく純粋なものを感じました。
 
決して起用なやり方ではないかもしれませんが、
その中で、もがき生み出されたものは、
とてもピュアで美しいもののように感じました。
 

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